「地政学リスク」でも動かなかった金市場、その理由とは?
昔から「金」は貨幣よりも安定性が高い「安全資産」と言われています。ここ数年は、世界的な金投資ブームが起きていましたが、昨年2013年、金の値段が下がったこともあって沈静化していました。2014年になって、金の投資家の金保有高は増加しましたが、「安全資産」としての金の需要は大幅に増えてはいません。
個人投資家向けの金取引のオンラインサービスを行っているイギリスのベンチャー会社・ブリオンボールトによれば、2014年8月の投資家による金への投資は、かろうじてプラスでした。また、ブリオンボールトの提供による金保管場所の総量も微増しています。とはいえその量はわずか50kgで、これもまたかろうじてといえる増量。
2013年から2014年にかけて「地政学リスク」に関わる関わるニュースが増えました。「地政学リスク」とは、テロ、紛争、戦争、或いは一国の財政破綻などから発生する経済リスクを差します。例えば、新政府支持者と親ロシア派によるウクライナ内戦、イラクからシリアまでまたにかけた「イスラム国」によるテロ、或いはパレスチナ自治区ガザ地区への空爆などといったことが「地政学リスク」と呼ばれます。
しかし、今年は投資家による「地政学リスク」への反応は薄く、金投資の需要が増えることはありませんでした。2013年以来金の価格は横ばい状態。
前述の金取引サービス会社・ブリオンボールトは、実際に自社を通して行われたネットでの金現物取引をもとに算出したデータを公表しています。仮に月間の購入者数と売却者数が完全に1:1になった場合は、数値は50となり、そこから数字が減ると購入者数<売却数者数で、数字が増えると購入者数>売却者数です。
2014年8月はその数値が51.7。過去最高だったのが2011年9月の71.7で、過去4年強で最も低かったのが2014年6月の51.2ですから、購入が増えたといってもまさに「かろうじて」なわけです。
2014年8月は、金取引のマイナス要因を示すいくつかのニュースがありました。
1.金の売買における価格の幅を示す「金取引レンジ」が、トロイオンス(金の重さの単位)あたり40ドル程度となった。
2.月間平均価格が、過去1年の平均価格1,297.50ドルとほぼ同じ1,296ドルだった。
3.金の先物取引を行うCOMEX(コメックス)のオプション(金を定められた価格で買う権利)の建玉(売買後未決済のもの)が、過去5年間で最低水準となった。
4.金の投資信託である金ETFの最大銘柄「SPDR(スパイダー)ゴールドシェア」の残高が6トン減少した795トンとなって、2014年初からの増加量を失った。
確かに個人投資家の金保有数は増えており、この傾向は大規模な投資家が牽引しているものともみられています。とはいっても、個人投資家の多くは金への投資ではなく資金を株式市場へ投入しているという状態です。現在、欧州の株式市場は高騰し、史上最高値を更新しています。
欧州の投資家は、この株価高騰に懸念を示し、中央銀行が量的緩和を始めるのではないかという憂慮も広がっています。そんな状況の中、欧州周辺での「地政学リスク」に関わるニュースが連日報じられていながら、金の価格・投資需要は変動しませんでした。
では、株式の高騰や地政学リスクなどの要因がありながら、金取引が横ばい状態だったのは何故でしょう?
金には金融システムの保険という役割があります。ただ、歴史的に見て、戦争などの勃発による地政学リスクを利用して大儲けをしてやろうといった投機的な取引には利用されてきませんでした。
2014年8月の金の平均価格は、ドル建てでは前月から変化していません。しかし、ユーロ建てでは1.6%、ポンド建てでは1.8%の上昇がありました。この現象は、EUとイギリスに近い将来何かが起こることを示しているかというと、そう単純に考えるわけにもいきません。
むしろこのデータは、ウクライナ情勢や中東情勢などの地政学リスクにあっても金市場の大きな動きがなかった中、長期的に金投資を行っている投資家たちは2011年から2012年にかけて記録した高値の1/3程度の価格で金を購入し、着実に保有量を増やしていることを意味しています。
ここからわかることは、長い目で投資を行っているような人々は、世界情勢に一喜一憂せずに、自らの判断によって金の取引を行っているということです。