失われた20年が金にもある?
戦争が勃発したら通貨の価値が下落したり、紙幣が紙切れになったという歴史の中で、金はその価値を失わず国際的に通用する通貨として、最後の砦とみなされてきました。これが「有事の金」という言葉ができた理由なのかもしれません。
アフガン侵攻があった1980年、1トロイオンス850ドルをつけたのは、有事の金の本領発揮と言ったところでしょう。その後のフォークランド紛争時など国際的な緊張が高まると金の価格が一時的に急騰しました。しかし長期的スパンでみると、値下がり傾向が続きました。
1990年東西ドイツ統一、1991年ソ連消滅と世界の緊張緩和が続き、第3次世界大戦の恐れが無くなるにつれて、有事の金の活躍の場は少なくなっていきました。
ひとつの金融商品としてみると金の利回りはたいへん低く、一般に金には利息が付かないと思われていますが、ほんのわずかですが利息は付くようです。それは金を貸与した時。金の鉱山会社、金取引を行う投資銀行、各国の中央銀行などの間では、金の貸し借りがよく行われており、0.3~0.5%ほどの金利が付いているのです。ただ同時期ドルの金利は5%程でしたので、どれだけわずかであるか分かります。
さて、そのような金への逆風が吹き荒れる中、各国の中央銀行内部では世代交代の時期を迎えていました。戦争を知らない世代が指導層となり、そういう層は有事の金についてあまりにも理解がありませんでした。
その結果、運用利益が見劣りする金を各国の中央銀行は大量に売却していきました。この金の大量売りは金の価格下落をさらに進めることになりました。ドイツをはじめとする欧州各国は次々に金を売却し、ドルやマルクなどの通貨に変えていったのです。
鉱山会社の金の先売りも、金の価格を下落させた理由のひとつです。鉱山会社が行う金の先売りは、もともと金の製品化までのリスクヘッジの手段なのですが、鉱山会社は金鉱を見つけると経営の安定を旗印に5年、場合によっては10年先の先物まで売却してしまったのです。需要と供給の関係から、供給過剰になると価格は下落します。そういう理由が重なり、1980年1月に850ドルを付けた後20年間、金価格は低迷し、最終的には252ドルの最安値を付けたのです。
ドル建ての金価格が下落を続ける中、当然円建ての金価格はそれに輪をかけて下落し続けました。為替が円高に動いたことが理由です。円建ての金価格は、先物価格で1980年に1グラム当たり6,495円であったのが、1999年9月には1グラム当たり835円まで値下がりしました。
1986年当時の金価格は約300ドル。それから20年あまり下落傾向が続き、売りから入ればまず儲かったという時代でした。当時のトレーダーは誰でも金の相場について弱気だったようです。相場は上がる訳がないと思っていたはず。2004年ごろの金価格の上昇から市場の潮目が変わったと認識するのにだいぶん時間がかかりました。現在の相場から見ると、1981年から2003年までの金市場はまさに失われた20年ならぬ、失われた22年だったのではないかと思います。